母の日に、ふと思う。

育児主婦の視点

 

私は、母と同じ生き方はしたくないと思っていました。

20代前半の頃だったかなぁ…。
親の指図なく自分のことは自分で決められるようになり、社会からも大人として見なされるようになり、ある種の自信を持つようになったんです。

私は、自分の人生を自分で決められる、と。

 

その時、ひとつ思ったことがありました。
「お母さんのような人生は、嫌だ。」

 

 

母の半生

母は、世間知らずのお嬢さん育ちで、地元では有名な4年制の私立大学に、当時女性としてはめずらしく浪人までして入りました。

在学中は当時流行していたフォークソングを嗜み、海外留学を経験するなど楽しい学生生活を送ったみたいです。

そして、大学卒業後は地元の企業にコネ入社し、実家から通勤しての社会人生活。父との結婚が決まると寿退職。20代半ばで専業主婦になり、子どもが生まれ、3人の子育てに追われて30代はあっという間。毎日がてんてこ舞いで、何をどうして生活してたか、記憶にもないそうです。

40代になると、子どもたちはそれぞれの生活ペースで動きだし、自由になる時間が増えたことでパートを始めるも、自らの更年期障害に苦しむ日々。必死にバランスを保ちながらも家族の縁の下の力持ちとして毎日をこなし、そのまま50代に突入。

50代半ばで孫を持ち、新たな楽しみに喜びながら、子どもたちの結婚出産にやきもきしながら60代を迎えます。

 

 

私からみた母の性格

自分では何も決めず、一見相手に合わせているようで、ほんとは「よろしくね」って責任を父に押し付けているだけなのだと感じたのは、私自身がある程度大人になってからでした。

他人との衝突を嫌い、自分と違う価値観を理解するだけのキャパはないので、表面的には受け止めてるように見せかけつつ、ココロの中では受け流すという術を駆使して生きてきたんだなぁと思います。

根っこのところで、他人に興味がないんでしょうね。
人当たりが良くいつもニコニコしているので、そうは見えませんが。

 

 

母と私の関係

幼少時代から、そんな母との関係に特に問題を感じていたわけではありません。
ベタベタした母娘関係ではなく、どこかドライな感じで均衡が保たれていました。

何度か衝突したことはありますが、それは決まって距離が近づきすぎた時。私が大人になり、母の当たり前が私の当たり前でなくなってきて、均衡がやぶられた時です。

しかし、お互いに衝突を嫌う性格ゆえ、議論を最後まで突き詰めることはなく、うやむやなまま表面的に平静を装い、何事もなかったかのように元通りの生活に戻ります。

 

 

私の半生

今から思えば、大人になってからも母に支えられていたことは相当あるんですが、はじめて「親のありがたみ」というやつを本当の意味でわかったのは、大学生になり親元を離れて一人暮らしをスタートしてからでした。

 

地元を離れ慣れない一人暮らしで試行錯誤し、自分が今までどれほど親の世話になっていたかを思い知りつつも(学費や生活費を親に頼っていたのでまだまだ依存中でしたが)、はじめて感じる一人暮らしの開放感は相当なものでした。

ものすごい自由と力を手に入れたような気持ちになり、自分が一歩大人になったように感じたのを覚えています。

存分に自由を謳歌して大学を卒業した私は、新卒で一般企業に入社しました。アルバイトとは違い、正社員となって働くことでさらに大人になった気持ちになり、自分は自立した人間だと思っていました。

その気持ちが強くなり、今度は「好きなことを仕事にしたい」と勤めていた会社を辞め、20代後半で進路変更して、そのまま30代に突入しました。

 

何でも思い通りになるような、そんな強気な自分がいました。自分の人生を自分の足で歩いている、とまで思っていました。

それは単なる思い込みだったのですが。若さってすごいですね。

 

 

止まらない私の勘違いとおごり

一人暮らしを経験したことで、本心からの感謝の気持ちは芽生えつつも、「お母さんのような人生は歩まない」と心のどこかでまだ思っていました。

お母さんのような人生。
それはつまり、「自分がない人生」。
自己犠牲が大半を占める毎日を送ること、です。

 

私は、自分の好きなことをして生きて行く。
自分で選び、自分で決められる。
やりたいことは何でもできる。

 

そんな私の自分勝手な思い込みにも、ついに終止符が打たれる時がきます。

 

 

結婚による生活リズムの変化

30代前半で結婚し、一気に流れが変わりました。
今までのように、自由に仕事ができない。好きな時に出歩けない。

当たり前のことですが、パートナーとの共同生活には時間的制約が伴います。
さらに、日常生活を送るためにやるべきことが増え、妻という役割を担うことに。

自由すぎる生活とのギャップにストレスを感じ、思った以上の息苦しさに密かに悩んでいました。

 

 

子どもが生まれたことでの予想以上の変化の波が

さらに子どもが生まれたことで、すべてが変わりました。
結婚したことでのリズムの変化なんて、比べ物にならないぐらいの変化が怒濤のように押し寄せてきたのです。

生活を送るペースは、否応なしに子ども中心になりました。家族に関係のない自分だけの時間なんて、存在しなくなりました。

子どもをもつことは自ら望んだことなので、後悔したことは一度もありません。
しかし、好きなことを仕事にしたと思って始めたことは、完全にストップしました。これは子どもができても続けられる、自分なら両立できると思っていましたが、それが単なる思い込みだったと思い知らされました。

 

私は、無力でした。
全然自立した大人なんかじゃありません。
信念もなければ主体性もなく、ただその場の感情に流されているだけで、自分の足で立ててなんかいませんでした。

優先順位もぐちゃぐちゃで、家族にも周囲にも迷惑をかけました。

 

 

落ちるとこまで落ちたことで別の変化が

2人目出産直後は、今から思えば産後うつだったんじゃないかというぐらいダークな自分がいました。
それでも何とかふんばって、自分はできる人間だとさえ思っていた思い込みを捨てました。

 

そうすることで、ひとつ変化が生まれました。
優先順位が、はっきりしたんです。

やりたいことを何も手放せず自分のキャパを越えていて、結局全てが中途半端だったんだと気づきました。
その時はじめて、しがみついていたものを手放すことができました。

 

今の自分に、あれもこれもは、無理。
自分の身の丈にあったことを、着実にやっていこうと。

 

 

今の自分は昔の母と一緒

その結果今は、子ども中心の生活を送っています。

そんな中、ふと気づいたことがありました。
今の自分は、母と一緒だと。

いや、今の自分…というより、おそらく昔も今も、やってることも性格も、そっくりそのまま母と同じでした。
あれほど「お母さんと私は違う」と息巻いていたくせに、全く同じ状況にあることに気づいたんです。

 

そうなってみて初めて、母への見方が変わりました。
きっと母も、数えきれないほどの葛藤をしてきたんですね。のほほんと生きてるみたいに思ってましたし、自分がなくて大人として情けないとまで思っていた時期もありましたが、そんな単純な話ではありませんでした。

 

親だって人間ですしね。
完璧なわけがありません。

理想と現実とのギャップに苦しみながらも、壁にぶち当たるたびにそれをどうやって乗り越えるのか、回避するのか、考えて悩んで生きてきたんですよね。
諦めてきたことや、とんでもなく苦しい選択もあったでしょうけど、それでも子どもが、家族が優先と思って、後悔のない自己犠牲だったんだと思います。

いや、犠牲にしたという意識もないかもしれません。
自分の選択だと、家族が大切だからと、それこそ胸を張って話してくれるのかもしれません。

 

自分が親になってはじめて、そのことが理解できました。
私は自立した大人どころか、相手の状況や背景を慮ることすらできない人間でした。

今もまだまだですが、少なくとも自分のダメダメっぷりに気づいたことで、まわりの見え方が変わってきたのは一歩前進したのかなと思っています。

 

 

さいごに

母が自分を生んでくれたからこそ、今、自分がかわいい子どもたちと共に暮らすことができています。
そんな当たり前のことにすら、自分が子どもを産んではじめて、心からの感謝の気持ちがわきました。

母の生き方を否定的に捉える過剰なまでの反応も、母がしてきたような生き方を自分自身がしていると気づいてはじめて、受け入れられるようになりました。

一人暮らしをしてはじめて親のありがたみがわかったのと同じように、自分がその立場になってはじめて実感できることだらけです。

 

大人として、情けないですけど。

 

 

 

今日は、母の日。
母が好きなハーゲンダッツのアイスを持って、孫たちを連れて会いに行こうかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コメント